石原莞爾のヨーロッパ体験

 

石原莞爾のヨーロッパ体験

石原莞爾のヨーロッパ体験

 今回から体裁を変えて、最初にアマゾンの紹介をもってくることにしました。書肆情報をわざわざ書く手間も省けますし、短くて済みます。

 石原莞爾は卓越した軍人であり、世界観的な著書もある大人物だ、そういう理解がされている。
 私はいくつは留保はあるが、彼は基本的にユニークな人物だと思う。ただ、彼には、侵略主義的な帝国陸軍の軍人であったという以前に、入れ込むに難しいいくつかの点がある。
 その中のひとつが、彼の法華経信仰だ。彼の東洋主義の成就を展望した世界最終戦争論の中では法華経の法滅の時限の教示を堂々と世界最終戦争の無視すべきでない根拠として引用する一方で、詳細で華麗な戦史研究で、同時に読者を魅了するのである。
 
 信仰者にして、高級軍人。

 残忍冷酷な侵略者なのか、兵をも思いやる温かい家父長的指導者なのか。

 背反するものを多く同時に秘めるのも、歴史に残る人物の特徴なのかもしれない。

 本書は、表題のとおり、石原莞爾の青年時代のヨーロッパ留学中の書簡や日記に著者が注釈を加え、石原莞爾の人となりの輪郭に迫る意欲作でなかなか面白い。

 ただ、注意して読むべき書だと、二読して思った。この本は、著者自身の「思い」と史料的根拠が明確に対照されていない。どこが思いで、どこが著者が史実と同定したのか読んでいてもわからない体裁になっている。
 本書は、一種の研究エッセーであって、研究書ではないと思う。しかし、単なる主観エッセーと呼ぶには、著者は非常に力を入れて書いている筆致である。

 思うに、石原莞爾を否定するにしても、肯定するにしても、冷淡に流せない何かが彼の軍人を勤める姿勢にある。

 彼は愛妻家だったそうだ。数日おきに妻に手紙を送るのが夫の義務であり愛情だと思ったらしい。彼の文はうまい。立ち読みでもいいので本書を読んでいただくとそれはわかる。味のあるいい手紙や日記の断片である。それだけでも本書は読む価値がある。でも、豊富な知識を必要とする内容の濃い手紙を日をおかず出し続ける石原莞爾に、妻は対応しきれずあまり手紙が出せない。大いにそれを不満に思う石原莞爾という図式があったようだ。
 一方、彼は核家族化を予言し、新時代の夫は妻を尊重して当然という意識があったようだ。ヨーロッパがそうだから、という意味ではなくそう思っていたらしい。

 その他共産主義に対する深い関心と研究(肝心のその内容が示されていないのは本書に対するいささかの恨み)、ヨーロッパ生活を丸ごと理解するために、ホームステイまで企て、四苦八苦して面白おかしく手紙に書く彼の人物の味は、記すに足るだろう。

 面白い本であった。それだけに、丸ごと事実と受け取るには、根拠付けがあいまいな部分があり、今後の課題としてとっておくべきなのか、高齢で集大成的な仕事の余禄に、本当にしたい楽しみごとをされた著作と捕らえて、エッセーとして楽しむべきなのか、難しいところだと思う。