室町時代の一皇族の生涯 『看聞日記』の世界

 この本は書店で眺めて「ほしいな」と思いつつ、金欠や積ん読の多さにめげて手を出さずにおいてそのまま題名も忘れてしまっていました。気にかけていたのですがなかなか見つかりませんでした。
 でもある時、ふと、大型書店でみかけて思いだし、「これだ」とばかり買ってしまいました。
 
 そして、大変満足しました。

 この本は「一皇族」の生涯、となっていますが、文学や歴史に造詣が深い方ならぴんと来るでしょうが(私は深くないのでぴんと来なかった)「看聞日記」とあるとおり、後崇光院伏見宮貞成(さだふさ)親王の生涯を語った本です。
 著者は横井清さんという大学の先生です。講談社学術文庫所蔵。
 学術文庫は内容は色々ですが、面白いものによく当たります。
 でも「一皇族」と言うには少し大物過ぎる感じもします。何しろ彼は「不登極帝」つまり、即位はしなかったが天皇扱いされている、「天子の実父」なのですから。

 彼の生涯は、転落と栄光の物語であると同時に、はらはらドキドキの綱渡り政治日記でもあります。何しろ彼は悪名高い「還俗将軍足利義教」をその政治的パートナーとして後小松天皇と「対抗」して地歩を地道に稼ぎましたから。
 この神経質で残虐な将軍の機嫌を損ねれば伏見宮家存続どころか人生アウトですし、この将軍が倒れた後の貞成親王の身の処し方もまさに「君子豹変す」を地で行きます。
 噂にも悩まされます。本当は伏見宮家を相続するはずだった兄栄仁親王の死で宮家を相続したため、あらぬ事をしたのではないか、と噂をまかれて打ち消しに躍起になったり、冷や飯は辛いが棚からぼた餅も喉に詰まる思いを味わいます。
 
 先ほどからこの帝に準ずる人物を私は「彼」と読んでしまっています。不敬でしょうか。でも何となくそう呼びたくなる気安い人物なのです。
 もちろん大宮人然とした身分意識をかっことして持ち、所作教養典雅なる最上級の皇族であるのは筆跡を見れば明らかです。しかし、彼はどことなく「気安い」のです。この本の著者も看聞日記を分析する中でそう言う感想を得ています。
 明るく、裏表が少なく、好奇心旺盛でマメな人物。経済的困窮に負けず、伏見の地の自然文物を愛でながら、後光厳帝−後小松帝の筋に移った皇統を崇光院の皇統に戻すために懸命の努力をまさに影にて努力を積み重ねた人物。油断できぬ努力家のようで、日々の困難に周章する有様はまるで中間管理職の如く・・・。

 著者は「夢」にむかって走る彼にこえをかけます。
 「走れ、貞成!」

 私はぼんやりとですが著者の気持ちが分りました。
 この著者は資料との懸命の格闘の結果「ついに資料の声を聞いた」人と見ました。著者のつかんだ「彼」の声は「生々しい息づかい」が聞こえます。
 「ついに資料の声を聞いた」学者は「何かを成し遂げた」と私は想います。
 それは「貞成親王がついに目標を遂げ後崇光院と成り仰せた」姿と被ります。

 彼らは何かを成し遂げました。私たちは、どんな目標を持ち、何を成し遂げようとしているのでしょうか。



資料引用や年表、地図など「サービス」も充実しています。
貞成親王の筆跡も拝見できます。

室町時代の一皇族の生涯 『看聞日記』の世界 (講談社学術文庫)

室町時代の一皇族の生涯 『看聞日記』の世界 (講談社学術文庫)