怪帝ナポレオン3世

 ナポレオン3世、第2帝政の主。運と血筋だけで上り詰めて、盛り上がるドイツ帝国の興隆の前にあえなく失陥した男。
 ナポレオン1世とは対極的な評価をされがちなこの人物を「じつは社会的分配の公正のための戦いに一生をささげた大政治家だった」と「読み替える」作業をする意外性の高い大著。

 さて、この本の「影の主人公」はマルクスです。それも、哲人皇マルクス・アウレリウスではなく、資本論を書いたカール・マルクスです。
 マルクスの著書に「ルイ・ボナパルトブリュメール18日」と言うのがあります。ルイ・ボナパルトとは、ほかならぬナポレオン3世です。
 マルクスは二人のナポレオンを「一人目は悲劇、二度目は茶番」と描きました。

 本書の著者鹿島氏は「ナポレオン3世アホ説」の鼻祖をマルクスと定め、なぜマルクスが「悪質なプロパガンダ」でナポレオン3世を叩いたのかについて、ナポレオン3世の社会的分配の公正化の政策との緊張関係、つまり、支持基盤を奪い合う政争であったことを説いています。
 ありうる話だとは思います。
 
 ナポレオン3世という人物はとにかく「与える男」です。
 労働者住宅も、労働基本権も、整備されたパリ街区も、社会福祉も、度肝を抜くような派手な儀式も、なんでもかんでも与えます。権威帝政から自由帝政の移行まで自らのイニシアチブで行い、政治的実権まで民衆に与えます。
 まるで、与えることとは支配すること、というあのジョルジュ・バタイユの王権をめぐる謎めいた言葉を先取りするかのごとくです。
 
 著者は「第3帝政全史」とこの本の副題を銘打ちました。
 その試みは、私の素人目には「成功」していると思います。(欧文資料の是非を論ぜられないので「している」と言い切る資格はない)
 彼は「第3帝政」を書き換えることに成功したと思います。私はルイ・ボナパルトブリュメール18日だけではないマルクスの読者ですが、私の中のナポレオン3世は「無能者」から「有能で先見性があるが弱点もまた多い政治家」に代わり、「運で政治家になった」と言うより、「政治家になって運が悪かった」人物に映り代わりました。
 
 マルクス主義を奉ずるフランス史を専攻している人たちはこの本を材料に反論なりその他をしてよく対立してよい部分を汲み取って欲しいものです。
 

怪帝ナポレオン3世

怪帝ナポレオン3世

私は古い訳(大月版)しか持ってませんが、最新版も出てますね。