ピープス氏の秘められた日記(臼田 昭 著)岩波新書(黄版)

 
 岩波新書。それは知ったかぶりエセ教養青年の登竜門。これを読めば読むほど、教養主義の泥沼に引き込まれる危険文書。<--偏見

 …しかし、黄版は旧赤、青版に比べれば、かなり危険度が下がったように感じます。「面白い読み物」みたいなものが多く、イズムとしての教養、という尖った感じが減った感があります。

 新赤になって、少し「情報供給」と言うジャーナリスティックな方向に舵を切ったかな、との感もありますが、それでもやはり、岩波新書岩波新書
 大学時代に恩師に「先生もなんか岩波新書で書かないんですか」と新書も含めてそれなりに著書のある先生に聞いたら「いや、岩波に書くなら、僕も構えますよ。よく練り上げてですね・・・」などと言われた。

 なるほど、それが岩波の威力。

 さて、このピープス氏の秘められた日記。内容は全く困った内容で、サミュエル・ピープスなる17世紀イギリスの海軍官僚の栄光と終末を記した日記の解題な訳です。
 そして、この日記、知る人ぞ知る「好事家向け」の内容がありまして、女の子にちょっかいを出した、賄賂を送った、上役や同僚の悪口で盛り上がる、政界のうわさ話、演劇、酒、とそんな話がたまに奥さんにしっぽをつかまれながら、延々と展開する、恐るべき「俗物」日記な訳です。
 著者の臼田氏も言っているんですが、日記は視線を意識して、かっこを付けるところが、ピープス氏のこの秘密の日記は全くあられもないわけです。変な人造語とか外国語のチャンポンで奥さんとかに読まれないようにはしていたみたいです。

 さて、当面の奥さんの視線は避け得ても、日記は残るわけです。そしていつか解読されてしまう。ピープス氏は海軍大臣にまで最後には出世します。彼は自分の赤裸々なありようが含まれる日記を蔵書と一緒に大学に寄付してしまいます。
 彼は自分の死後の名誉を考えなかったのでしょうか。

 彼は、極めて現実主義的な冷静な観察者だったのでしょう。
 そして、死後の名誉は、彼には不要だったのでしょう。彼が欲しかったのは、生きている間の満足だったに違いありません。

 それはそれで、ある意味潔い生き方です。汚職役人なのに潔いもないものですが(笑)今の政治倫理で当時を見てはならないでしょう。

 俗物にまた見るべきものあり。
 私は心が行き詰まった時「こういうのもあり」と言う妙な安心感(?)が得られるのでこの本に手がのびます。
 10年間のピープス氏の日記は苦笑とともに、心に優しいものです。

ピープス氏の秘められた日記――17世紀イギリス紳士の生活 (岩波新書 黄版 206)

ピープス氏の秘められた日記――17世紀イギリス紳士の生活 (岩波新書 黄版 206)

 日記本文も翻訳されているようです。

サミュエル・ピープスの日記〈第9巻〉1668年

サミュエル・ピープスの日記〈第9巻〉1668年