役人学三則(末弘 厳太郎 著  佐高 信 編)岩波現代文庫

 岩波現代文庫と言うのも前記の平凡社ライブラリーと並んで、実に教養主義の虫を刺激するナイスな品揃えである。ただ、いささか岩波文庫と比べると値段は高い。やはりマニアックな品揃えからくる刷り数が少ないのだろうか。
 私は好きである。

 さて、本書は大民法学者末弘厳太郎先生の論文を佐高氏がまとめた評論集なのであるが、表題作「役人学三則」は公務員批判モノ(末弘先生は端的に『役人』と呼ばわっておられますが。まあ、昭和6年の御作なので当然でしょう。)の中でも本質ズバリのスバラシイ作品だと思います。
 役人大嫌いの私としては胸がすく内容です。ネット上でも読めますので是非ご一読を。有名なフリーテキストサイト青空文庫で公開中です。

 http://www.aozora.gr.jp/index_pages/person922.html

『 第一条 およそ役人たらんとする者は、万事につきなるべく広くかつ浅き理解を得ることに努むべく、狭隘なる特殊の事柄に特別の興味をいだきてこれに注意を集中するがごときことなきを要す。
 第二条 およそ役人たらんとする者は法規を楯にとりて形式的理屈をいう技術を習得することを要す。
 第三条 およそ役人たらんとする者は平素より縄張り根性の涵養に努むることを要す。』

 これが先生の述べられる三則です。
 「そうだ、全くだ、日々俺は血のにじむ努力でこういう風にがんばっているんだ。」という役人の人は二度とこのサイトには来ないで下さい(笑。うそです。別に見るくらいいいです(爆。
 行政を行う役人が『法規を楯にとりて形式的理屈をいう』のは少し役所と不愉快なコミュニケートをしたことなある人なら実感するところでしょう。役人な人にはそれに対してまあ、言い分もいろいろあるわけです。が、端的に言って、そんなことをしていると、国家(自治体もそうでしょう)は国民から不快に思われ、常識を疑われ、ひいては国が滅びるとさえ末弘先生は思われたようです。先生は美術的絵画がたまたまヌードであるが故に猥褻と考えて検閲した役人を痛烈に批判しています。「役人の頭」が国民の頭でない事態は、強大な権力を持つ国家統治の国民にとっての危機であると。

 現に、制度が官僚化して国が滅びて行くケースは当の大日本帝国であったわけです。陸軍(これも立派な役所です。軍隊とは国家装置のもっとも中心です。が、末弘先生は用心深く触れるのを避けておられます。これは戦前の言論状況を考えれば真にやむを得ないものといえるでしょう。)のエリートを養成する陸軍大学校で何が起きたかを書いた本がありますので書名だけ末尾にあげておきます。元陸将補の人が書いた戦史研究の成果から生まれた本のようです。制度が硬直化し、縄張り争いをするとろくなことがないと言うことを描いた本でなかなか面白いです。
  
 さて『役人学三則』の本の中には「嘘の効用」と言う文も入っています。端的に言えば、法の解釈は社会の情勢に応じて目的論的に行え、と言うことなのですが、「圧政は人を嘘つきにする」と言う意の文があります。法の不適正な形式的な制定や適用による圧政は人の心ねじ曲げ、表の顔と裏の顔を作るわけです。
 何事によらず、暴圧は人に仮面をつくらしめるわけです。そして、無言の抵抗や、シニシズム、道徳の崩壊を生み、やはりひいては国を滅ぼす元になると先生はお考えだったようです。

 今某日本最大の地方自治体で起きている様々な「法適用」を否応なく思い出す次第であります。

役人学三則 (岩波現代文庫)

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参謀本部と陸軍大学校 (講談社現代新書)

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