地獄を二度も見た天皇 光厳院(飯倉晴武 著)吉川弘文館

 まず、過激なタイトルだなあ、との感。
 その上、帯には「歴代の天皇から外された天皇」などと書かれている念の入りよう。「負け犬」ブームにあやかって、負け気味、日陰組に明かりをあてる企画がはやっているのか、と思いきや、2002年の年末には出ている本で、やや意外であったが、まあ、判官贔屓商品には常に一定の需要があるとも思われるのでこういう売り方はいいのではないかと、大型書店で手にとって求める。
 さて、光厳院。イメージとしては、「後醍醐天皇にコテンパンにやられたうえに、傀儡として仲間割れ大好きな室町幕府創立メンバーのお歴々からいじりまわされ、さほど事跡も伝わらないまま歴史の闇へ葬られたかわいそうな人(日本史が好きだと『持明院統』とか言う言葉が出てくる)」と言うくらいか。
 不敬罪でひっくくられそうな物言いであるが、まあ安心しておこう。この人、実は厳密に言えば「天皇扱い」されている人であって、「天皇」ではない。この人は「北帝」であって、明治天皇南朝正統と決めたので歴代天皇に列せられては居ないのだ。
 が、それはあくまで後付け。後の都合で天皇扱いされなくなっただけで、何しろ今の天皇自体、後小松天皇、即ち、光厳院の息子に他ならない後光厳天皇の孫を先祖としている。
 悩ましい話でして、北朝を正統とすると、後醍醐天皇が正統であると言うことを否定するわけで、天皇親政の明治政府のイデオロギーを侵す、南朝正統だと、血統的につじつまが合わない。
 
 しかし、この本を読んで行くと分るのだが、そんな近代史的なイデオロギー闘争の話より、この人の歩んだ人生の凄惨さにこそ注目したい。
 後醍醐天皇に激しいあおりを受け、北条氏の六波羅探題は滅亡する。従って、我らが光厳院は落ちのびねばならないのだが、落ち武者狩りにあい(彼は落ち武者狩りにあった唯一の現役天皇である。若干20歳。)前途を悲観し何と糟谷三郎宗秋以下、天皇上皇警護の武士団約500名は『集団自決』してしまうのである。著者によれば、「歴代天皇の中で戦乱にあった人は何人もいたが、ならず者のような叛乱軍に包囲され、いままで警護していた何百人もの武士が目の前で次々と切腹する場におかれた天皇光厳天皇だけである。」とある。そりゃそうだろう。これが著者の言う第一の地獄である。
 第二の地獄は「観応の擾乱」である…。光厳院は自分を治天の君とした足利尊氏その人に裏切られ、事実上売られる。そして、不運が重なり、南朝に身柄を拘束され、5年もの抑留生活を強いられるのである。あばら屋に押し込められたりするらしい。

 そして、彼の悲劇や、秘話や悲話はまだまだ続くのだが、ぜひ、この「地獄をみた」光厳院の物語を是非ひもといていただきたい。彼は著者曰く、期待された、聡明にして意志強き、徳に溢れた人物とのことである。
 明治天皇南朝を正統とした後「祭祀だけは従前通り行うように」と言ったという。それが彼の慰めになれば幸いだ。
 
 さあ、今週も光厳院と一緒に地獄に付き合ってもらおう…。
 

地獄を二度も見た天皇 光厳院 (歴史文化ライブラリー)

地獄を二度も見た天皇 光厳院 (歴史文化ライブラリー)